3年手帳購入してしまいました

曇☁️
9℃/2℃

流石に11月

木曜日に雪が降りました。

かなり冷え込んだので仕事に行く途中でカイロを購入。

でも、結局使わずに済みました。

 

先週は都合によりblogを休んでしまいました。

ピッコロ、最近時々吹いてるのですが

何か、キーがウキウキしてるな~(笑)と思ったら

ネジが一か所外れて無くなってました。

そして、先週は直してもらいに行ったりとか

結構、急な用事が入って動き回っておりました。

 

さて・・・・話は変わります。

2019年も残すところ1ヶ月と少しになりました。

今年から、私は友達のマネをして

手帳を備忘録的、あるいは日記みたいに

箇条書きに書き込むようにしました。

箇条書きなので、細かい事柄は思い出せないこともあるのですが

書き込むことで考えを整理する助けになります。

 

時々、とても客観的に自分を見てしまう時期があります。

どうして、一生懸命私は音楽の仕事をしているのだろうか?

ご飯を食べ忘れて練習に没頭していたり

何のために・・・・

 

と、何か幽体離脱とでもいうか

そんなこと考えてもしょうもないことがふと頭をよぎるのです。

これと言った明確な答えなどはもちろん出ません。

 

が、ひとつ言えるのは

練習をしている間は

悩みとか、苦しみとかは存在せず

ただただ、「どうして、小指はこんな動き方をする?」

とか

「あ、また肩に力が入ってる」

とか

「この跳躍は是非とも美しくdim.で移動したい」

とか

「次の呼吸はどういう速さで吸ったら音楽的か」

とか、その他いろんなことを考えていたりします。

 

他のことを考える隙が無いのですね。

そういう時は本当に気持ちが定まっていて

とても気持ちが良く楽しいと感じます。

 

でも、そうではない時もあります。

真剣に練習していても

ふと全く別の日常的なことがよぎるときもあります。

こういう時は大抵は

「うわ、今日のアンブシュア最悪だ」

と音にすぐ現れてしまい

ぜんぜん楽しめないのです。

 

その日によってコンディションが違う。

でも、毎日同じではないから面白いとも感じます。

 

楽しい!と思えるのは

上手くいかないこともあるから。

上手くいかない時の方が多く感じるのは

人というのは、

マイナスのことはいつまでも覚えてしまう習性があるからです。

 

ということで

手帳には

良くなかったことを書いてしまった日でも

良かったこと、楽しかったことはひとつや二つあるものだと

些細なことでも思い出して書いたり。

 

来年は2020年

今年の手帳と同じく赤を選びましたが

厚さは3分の1のものしました。

日記を書くのを止めるわけではなく

仕事で持ち歩き用としました。

 

ということで、

箇条書きの出来事や長期計画など用に

なんと3年手帳も購入してしまいました(^-^;

三日坊主になりませんように!!

 

もう11月!徒然に想う

10月末日までにひとつ記事をあげるつもりで0時を回ってしまいました。

昨日はとあるところでお呼ばれしましてランチをしました。

いつも気にかけて頂けてるのはとてもありがたいことです。

ファルベのコンサートにも駆けつけてくださって

今回もその話題で盛り上がっておりました。

いつも声かけてくださってありがとうございます。

今後の課題としても受け止め前進してゆける気持ちでいっぱいです。

そして、今日もレッスンしてきましたが、

帰宅後、何故か20年前に師匠が私のリサイタルの為にご尽力くださったその録音を聴きたくなり、そのCDをかけておりました。

まだ駆け出しで(ウソ、駆け出しでもないかな。演奏活動を休止してた時期がすこしあって、再スタートしたときて したf(^ー^;)たどたどしいもののすごくみずみずしく活気に満ちた演奏をしていたことに気づかされました。

自分がこんな演奏していたのか・・・と。

師匠とデュオ、そしてピアノを加えたトリオ。

なんて、新鮮な清らかな演奏していたか・・

後ろを振り返ることはあっても戻ることは決してないと思います。

だからこそ、この録音はとっても大切な宝物です。

と同時に、どうしてこんな演奏ができていたのだろうか、と。。。

若さからくるものなのかもしれませんが

その当時の自分の環境とか、音楽に向き合う姿勢とか違っていたのだなと思います。

ということで、その時奏でた演奏はその時にしかできない。

ということに気づきましたが・・。

あれから、共演した方々も多分違った感じになっているでしょう。

師匠も、仲間も、全て変わっていって

夫々に素敵な演奏者になっていることでしょう。

私はどうなのかな・・・。

自分のことはまったく分からないけど

あの時演奏した曲

近年でも演奏してるけど、本当に変わってます。

でも、今の自分にはいつも辛口です。

まだまだ・・・ぜんぜんなっちゃいない・・・

年齢的なこと、身体の変化に対応しようとするいろんな試み。

なにがなっちゃいないのか・・・

それは今の自分にしか分からないことでもあるんですね。

でも、過去も現在も未来も、それは変わらずあるのじゃないでしょうかね。

自分にとって・・・だけですが。

さて、もう11月・・。

残すところ2ヶ月。

12月は楽しみな生徒さんの発表会もあり、小さなコンサートもあり嬉しい限り。

張り切っていこう(笑)

今までに感謝を込めて・・・

母の日記が・・・

晴れ時々曇り⛅️
15℃/7℃

今日はとても酷い一日でした。

何が酷いか・・・というと

私はちょっとした副業をしているのですが(ずっと何かは副業を持ってますが・・・)

その関係でどうしても立ち上げなければいけないアプリケーションがあって

どうしてもまともに起動できずずっとメンテナンスしてました。

 

そして、ググる・・・

実は、もうこの作業に3か月は費やしてます。

そして、今日、これがままならなければ、OSをクリーンインストールしようと思ってました。

いろいろとググりながら、半日頑張り、ようやくまともに起動できるまでになりました。

 

Windowsの更新作業をする傍ら、部屋の掃除とかいろいろしてたんです。

箪笥の整理とか・・・。

母が亡くなってから随分と整理していろんなもの発見していたにも関わらず

今日は、なんと整理箪笥の奥の奥から母の日記が出てきました。

ノートとか、日記帳とか、そういったものではなくてA4の用紙に達筆な文字で書かれた紙の束でした。

 

恐る恐る一枚一枚読むにつれ、凄く涙が溢れてきました。

それは、姉のことに関わることで、生まれてから大人になるまでの彼女に関するものでした。

母にとってはとても大切な事をずっと書いてありました。

 

第一子!

それはとても重要で、愛情で一杯だったのだな~と感じます。

 

ちなみに、私も同じ子供でしたけれど、

2番目って、知らず知らずのうちに、姉と親とのやり取りを見て育つので

「こうすればよいんじゃね!」というのがあって

ある意味、要領が良い人生を歩くんです。

 

でも、その紙に書かれた達筆な文章は姉への想いが凄く伝わってきて涙が出て止まりませんでした。

ここまで、子供を知り尽くしているのはやっぱり凄いな。。。って。

母が生きていた時は、「なんで分かんないだよ!!」って喧嘩もしてたくせに・・・

 

そして、どうして、姉はピアニストの夢を断ったのかって・・・

それは、きっと私にはずっと理解できないものがあると思うけど

でも、やはり、佐藤家は

それだから生きてこれたのではないか、という思いが今あります。

どんな環境であろうとも、佐藤家には必要なものが・・・

「音楽」

「芸術」

 

だったのだなぁ

としみじみ感じた日でした!

 

今日は

「今日は酷い一日でした」

だったはずが

なんとなく洗われた・・・(-_-;)

良い一日になった・・・ということにします(笑)